古いミシンは、部品が教科書。テンションリリースフォークにまつわる記録。

ミシン研究ノート

こんにちは、フランチェスカです。
古い本縫い工業用ミシン──たとえば Singer 31 や Singer 44 など──を迎え入れて整備していると、Tension Release Fork(テンションリリースフォーク)が無いままの個体に、よく出会います。

最初の頃は、何台触っても同じ場所がぽっかり空いているので、「どうしていつもここだけ無いんだろう…?」と、不思議で仕方ありませんでした。けれど、調べてみると当時ならではの理由が見えてきました。

古いSinger工業用ミシンが並ぶ作業台と、糸や押え金、オイル缶などの道具が置かれた静かな作業風景
Singer 31-20 とSinger 31-17

ここからは、私が学んだことをまとめてみたいと思います。

古い工業用ミシンは、使われてきた環境や時代によって、少しずつ“癖”のようなものが残っていることがあります。テンションリリースフォークの欠品も、そのひとつでした。

はじめは「ただ無くなってしまったのかな?」と思っていたのですが、調べていくうちに、どうやらそれだけではなさそうだと感じ始めました。

部品が外れているように見えても、その裏側には、当時の現場の工夫や、長い年月の中で選ばれてきた“理由”があるのかもしれません。そんな小さな気づきをひとつずつ集めながら、今回の記事を書いています。

それではまず、テンションリリースフォークとはどんな部品なのか、基本の部分からお話ししていきますね。

テンションリリースフォークとは

テンションリリースフォークは、押え金を上げたときに糸調子皿の圧力をふっと緩めてくれる、小さな金属パーツです。

【図解】Singer 工業用ミシンのテンションリリースフォークの種類と対応パーツ番号
【図解】Singer 工業用ミシンのテンションリリースフォークの種類と対応パーツ番号
(44118 は 43944 と連動。他の組み合わせは互換性がない場合があります)

押えを上げると糸が軽く抜けるのは、このフォークのおかげ。現代の家庭用ミシンにも必ずある仕組みなので、「付いていて当たり前」のように感じてしまいがちです。

だからこそ、古い工業ミシンで頻繁に欠品していると、ちょっと戸惑ってしまうのですが……ここには、当時ならではの理由が隠れていました。

そして、このフォークが押している相手が、テンションユニットの後ろ側にある「テンション解除ピン」と呼ばれる小さな部品です。押えを上げると、このピンが前へそっと動き、糸調子皿の圧力をふわっとゆるめてくれます。

  • テンション解除ピン … 実際にテンションをゆるめる役
  • テンションリリースフォーク … そのピンを押し出す役

この2つが一緒に働くことで、上糸の“抜けやすさ”が生まれているんですね。

Singer 31 や Singer 44 のような古い工業用ミシンでは、このフォークだけが欠品していることが多く、押えを上げても糸調子がゆるまないのは、そのためです。

なぜ欠品している個体が多いのか

ミシンの歴史を調べていくと、いくつかの理由が浮かび上がってきました。

古いミシンのそばに革のパーツや靴木型が並ぶ、昔の手仕事の空気を感じる静かな作業風景

(1) 戦後の“再生ミシン”の時代


1950〜70年代の日本では、
海外から 中古の Singer 工業用ミシン(31K や 44 系など) がたくさん入ってきました。
「中古?」と思われるかもしれませんが、これは当時の日本ならではの事情があったそうです。

戦後から高度経済成長期にかけて、
国内の縫製業は一気に広がり、工業用ミシンの需要が高まり続けていました。
けれど、そのスピードに国内の生産が追いつかず、新品の工業用ミシンはとても高価で、手に入れるのが難しかったといいます。

そんな時代に頼りにされたのが、
アメリカを中心とした海外の “大型の中古ミシン市場” でした。
Singer の工業用ミシンはとにかく丈夫で、中古でもなおしっかり働けることが分かっていたため、日本では中古機をまとめて輸入し、国内で再整備する文化が生まれました。

輸入されたミシンたちは、
国内の工房で分解清掃され、ベアリングやベルト調整を行い、必要なら再塗装をして、再び現場で使える姿へと仕立て直されていきます。
こうした機械は 「再生ミシン」 と呼ばれ、当時の縫製工場で長く働き続けたそうです。

テンションリリースフォークの欠品が多いのも、この“再生”の歴史の中で、現場の判断や用途に合わせて部品が外された時期があったからなのかもしれません。

そこからさらに調べていくと、いくつか具体的な理由が見えてきました。
ここからは、現場で実際に起きていた事情について触れていきますね。

(2) 職人さんによっては、あえて外していた


革や帆布など、厚物をたくさん縫う現場では、
押えを上げたときに糸がゆるんでしまうのを嫌う職人さんもいました。

「糸は一定に張っていてほしい」
「自分の手でコントロールしたほうが安心する」

そんな思いから、
フォークを最初から外したまま使う職人さんもいたそうです。

つまり、ただ“欠けていた”わけではなく、
そのミシンが、その現場の仕事に合わせて選ばれていた姿だったのだと思います。

(3) 高速縫製の現場では、フォークの動きがリズムを崩すことも


工場のラインでは、押えを上げ下げしながら高速で縫う場面が多く、フォークが働くたびにテンションがふっと抜けると、「糸のリズムが変わってしまう」と感じる方もいたようです。

フォークが無いと、どんな動作をしても糸の張りが一定なので、テンポよく縫い続けられたのかもしれません。

(4) 小さなガタつきが苦手で外されたケースも


古い工業用ミシンのテンション部分(上糸調子器 / Tension Assembly)は、長い年月のあいだにどうしても少しずつ“ガタ”が出てくることがあり、それがリリースフォークの当たり方にも影響することがあります。

さらに、調べていくと
部品の組み合わせそのものが合っていなかったために、フォークが外されてしまった可能性 も見えてきました。

Singer の 31 系・44 系には、実は 複数種類のテンションアセンブリ があり、それぞれに対応する テンション解除ピン(リリースピン)の位置が微妙に違います。

たとえば

  • 44118(現行で入手できるタイプ)
  • 20185(旧仕様・対応ピンは 20186)
    など、見た目はよく似ていても、
    実際にはフォークが押す位置が違う ということがあります。

1970年前後の修理現場でも、
古いパーツはすでに入手しづらく、
結果として 44118 に交換されるケースが多かった そうです。

しかし、元々付いていたリリースフォークが
その新しいテンションとは“位置が合わない”ことがあり、
フォークがうまく働かなくなってしまうと、
「それなら外してしまおう」
という判断が下されたのではないか、と考えています。

互換性の問題によって、
フォークが正しく動作しなくなっていた……
そんな背景も、古いミシンには残っているのかもしれません。

フォークが無い状態で、どうやって糸を抜いていたのか?

フォークが無いSinger 31 や Singer 44の個体で、どうやって上糸を抜いていたのかについては、


当時の現場でも「これが正解」という決まった手順があったわけではなく、ミシンごとの癖や、職人さんそれぞれの“手の感覚”によって、糸を斜めに引く、押えを1〜2mmだけ浮かせてテンションを“逃がす”…など、自然と工夫されていたようです。

公式な資料として残っている方法もなく、身体の動きでスッと糸を逃がしていた、という話もあります。

そのため、いま私たちが過去の噂どおりに操作してみても、必ず同じように再現できるとは限らないのだと思います。

フォーク無しの Singer 31・44(44-72)での抜糸手順(実例)


そんな前提をふまえたうえで、
ここからは「私自身はこうして抜いています」という、あくまで一例として書いてみたいと思います。

Singer 44-72 工業用ミシンの全体写真。フォーク無しの状態での抜糸手順の解説に使うための外観イメージ
リリースフォークを外した工業用ミシン・Singer 44-72で検証

(1) 押えと針を上げます。私は、天秤が上に戻って糸が張ったタイミングから、針棒をほんの少しだけ下げるようにしています。これで糸調子皿のあいだに少しだけ余裕がうまれ、糸が抜けやすくなります。(ここまでは、リリースフォークが付いているミシンと同じ操作です)

(2) 糸取りバネを通っている上糸を左手の指でそっとつまみ、“左方向へ、横にスライドさせるように” 引くと、テンションディスクからスムーズに上糸が引き出せます。
あとは、リリースフォークが付いているミシンと同じように、生地を少し手前へ引いて、糸を切っています。

Singer 31・44 系ミシンのテンションユニット付近で、上糸を左方向へスライドさせて抜く動きを示した手順の接写写真

フォークが付いていない Singer 31 や Singer 44 系(44-72 など)でも、その個体の癖に合わせて小さな工夫を重ねていくと、すっと糸が抜けてくれる瞬間がありました。

Singer 44-72 を使い、フォーク無しの状態で上糸を手で引き出す抜糸手順を示した写真。左方向へ糸を滑らせて抜く実演

同じ Singer の工業用ミシンでも、31 系・44 系は一台ごとの状態が違っていて、それが古い工業用ミシンならではの個性でもあると感じています。

フォーク無しのミシンは、“そのまま”でひとつの魅力

最初の頃は、「復元しなければいけない」と思い込み、海外の専門ショップで部品を探したり、eBay を毎日のように見たりして、なんとか元の姿に戻していました。

アメリカのショップから届いたテンションリリースフォークの中古パーツ。フォーク無しのミシンを復元する際に入手した部品の実物写真
アメリカのショップから届いたテンションリリースフォークの中古パーツ。
フォーク無しのミシンを復元する際に入手した部品

でも今は、少し考え方が変わってきています。

確かにフォークがあれば便利です。
けれど、フォーク無しの状態にも歴史と理由と、そして魅力 があるからです。

フォーク無しは、“誰かがそのミシンで仕事をしてきた証”


フォークを外したのは、そのミシンを使っていた誰かが、仕事のしやすさを求めて選んだ仕様だったのかもしれません。
そう思うと、欠品ではなく、そのミシンの“歩んできた形”にも感じられます。

糸の張りが常に一定で、厚物には向いている


テンションが一定に保たれるので、革や帆布を扱う方にとっては、むしろフォーク無しのほうが向いていることもあります。

メンテナンスがしやすい


フォーク周辺はガタや摩耗が起きやすい部分なので、部品がないぶん、構造がシンプルで長持ちするという面もあります。

“職人仕様”としての個性がある


機械は、どんなふうに使われてきたかで表情が変わります。
フォーク無しのミシンには、そのミシンならではの物語 が宿っている気がします。

おわりに

アンティーク工業用ミシンは、
部品ひとつひとつに“そのミシンが歩んできた物語”があります。

テンションリリースフォークが無いミシンを初めて見たときは、「欠品している」としか思えませんでした。
でも、調べるほどに “そのミシンが歩んできた時間” が見えてくるような気がしています。

部品が揃っているミシンは素敵ですが、欠けている理由を知れば、必要な場合だけ復元という選択肢もありなのかも知れません。

これからも、
ミシンたちの歴史を学びながら、私自身も少しずつ成長しつつ、一台一台と向き合っていけたら嬉しいです。

他にも古いミシンの使い方や、家庭用ミシンの基本など、日々の作業に寄り添う記事を少しずつ追加していく予定です。
よかったら、また遊びに来ていただけたら嬉しいです。

今回も最後までお読みくださりありがとうございました。

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